3/1 (水)日記 晴れ
今日はなかなかスピード感のある1日だった。でももう少しやれたかもなと思いつつ、よくやった。
本も一冊webshopに載せることができた。今日は「飲食のくにではビピムパプが民主主義だ」。
韓国料理の解説とレシピ、そして詩が一品につき一編、添えられている。韓国は詩が日本より盛んだという印象がある。詩集だけを並べた書店もあるのだ。日本は詩よりも俳句や短歌がより身近なのかもしれない。詩はなんとなく照れ臭いというイメージが個人的にはある。でも、この本に載っている詩たちはなかなか無骨なものが多い。それぞれ料理を題材にしているからかもしれない。料理を作ってくれる母親も多く登場するし、世の中の世知辛さを歌うものも多い。貧困、怒りなども混じってくる。三大欲求の一つにもある「食」だからか少々の生々しさもある。ただ韓国料理を食べるよりも、詩を読んでから食べたら、きっと胸に迫るものがあるだろうなと思う。
私は韓国にあるハン(恨)というものにとても興味がある。なんといえばいいか難しいのだけど、文化とも呼ばれるその思想的な民族の根底にある考え方に、憧れるところがある。そしてハンは国民性にもよく表れていると思うし、こういった詩や文学にも表れていると思う。北朝鮮のことはあまり知らないのだけど、韓国の人を観ていると、朝鮮人の力強さはやはりこのハンが根底にあるからではないかなと思う。日本にはない。そう思うとやっぱり日本は水が強い国だ。良くも悪くも洗い流してしまう。残るものは少ない。それを私はよしと思う。だからこそハンに興味が湧くのだろうと思う。
という訳で、一つ詩をとってみても、その国の作品をたくさん並べてみると、何か似たムードがあることに気づく。イギリスならイギリスの、同じ英語でもアメリカならアメリカの。フランスの、ドイツの、フィンランドの、中国の、インドの、モンゴルの、インドネシアの、イランの、ロシアの、フィジーの、ケニアの、エチオピアの、エジプトの、ペルーの、などなど。その土地が持つムードが作品に閉じ込められている。小説だとなかなか読む時間がかかるので、詩はそういったムードを感じるのにちょうどよいのかもしれない。
ちなみに私は八木重吉の詩が好き。短くて単純で難しいところは一つもなくて、でも絶対真似はできない独特の空気感がある。そして広がりがある。読むと空間が広がったような気がする。あれはなんだろうかと不思議に思う。前にwebshopに八木重吉の本を載せていたけど、売れてしまった。またいつか載せたい。やっぱり詩はいいな。たくさんの詩を暗唱できる老人になりたい。
明日は少し腰を据えて仕事ができそう。畑も行けたらいいなー。畝作るぞー。