紀元前300年ごろには、ギリシア人は、すでに地球が丸いことをよく知っていました。その一方のはしに北極、もう一方に南極があって、ちょうど中間に赤道があることを知っていたのです。

3/12 (土) 日記 晴れ

暖かい。ちょっと風が強くて半分目をつぶりながら犬の散歩をする。

今日はやることがありつつも、「気晴らしの王様」をwebshopにあげることができた。物語は1843年の12月から始まる。とても興味深く面白い物語だった。語り手が変わりながら物語の全貌が明らかになるのだけど、物語の中心人物であるラングロワはほとんど話さず、本当に知りたいことも描かれず、でも全てを物語っているような。そんなとても素晴らしい物語だった。ラングロワは本当にほとんど話さないのだけど、後半にソシスという女性との会話が出てくる。それが恐ろしくカッコよくて「惚れるわ!!」となる。男も女も惚れると思う。というか、私の好みなんだと思うけど、こんな人現代人ではいないだろうなと思う。そして、実際いても気難しい男だと思う。でもかっこいい。

あとは、本筋とは関係ないのだけど、フランス語の「歴史」という単語 [ histoire ]にはそのまま歴史という意味の他に、物語、作り話、嘘という意味もあるという注釈がさりげなくあって、本質に触れた気がしてゾワゾワっとした。

そして、このラングロワという人物には国王検事の知人がいるのだけど、その国王検事を村人が言い表す時の代名詞が二つあって、それが、「人の心を深く知る者」と「魂を愛する者」だった。私的解釈だけど、ラングロワは(えらくかっこいいすごいおじさんではあるものの)世界人類を象徴した人だと思っていて、そのラングロワを常に気遣い、何かの時にはそばにいる。「人の心を深く知る者」「魂を愛する者」が人類を常に気遣い、何かの時にはすぐそばにいるのである。いやぁ、すごいなと思った。

作者のジャン・ジオノは1895年南フランス生まれで大戦にも参加している。この時代の作家たち特有のものがやっぱりあって、私はそれにとても惹かれる。深淵を覗いたものたちの何かが文章に現れていて、それは一定のトーンのようなものがある。それが本人たちにとって良いことだったかは分からないけど、そうした文章を読めることは、とても幸福だと思う一方で、何か背筋の伸びる緊張感もある。

良書は世の中にたくさんある。知らないだけで。ベストセラーも良いけど、hookbooksでは、そういう埋もれがちな良書をたくさん掘り出していきたいなと思います。(ちなみに、気晴らしのない王様も品切本で重版の予定はないそう。こんなに素晴らしい作品なのに。泣)

さて、次は詩集を久しぶりにwebshopにあげようと思ってます。お楽しみに。